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愚者のエンドロール感想

角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日:2002-07-31

あらすじ
文化祭で放映する映画試写会に招かれた古典部の一同
だがその映画は、密室の部屋で腕が切り落とされて死んでいる。
そのシーンで犯人も謎の解決もしないまま終わっていた。
犯人は誰なのか?どういうトリックを用いて彼を殺害したのか。
「わたし、気になります」
古典部一同は、真相究明に駆り出される事となる。

アニメとは順序が違う?気がしたり、表現がアニメではわかりやすく変更されてたり
したのねー。
チャットの部分は、アニメより小説で読んだほうがかなりわかりやすかった。
特に折木共恵の画策とかは本当にわからないと。
なんで古典部が召集されて、ホータローを矢面に立たされて利用されているのかがまったく
理解できない。
アニメ版ではきちんと語られている、校外の協力者が折木供恵。
原作では、その記述がないので、最後の最後のエピローグの部分でそれが繋がるというふうに
なっていて。
原作のがいいかなー個人的には。
理解しやすくは、なっていたけれど。

内容部分のオブザーバーとなって合否判決をして入須先輩に乗せられて、映画を作る。
そしてそれは本郷の真意ではないと古典部のほかのメンツから三者三様に指摘され
結果真実にたどり着くホータロー。

アニメの時にはわからなかったけどウィスキーボンボンがとんでもな伏線になっていたとは。
千反田えるの一時的な脱落(二日酔い)によって千反田えるの動物的に鋭敏な好奇心と洞察力が
なかったからこそ一度は失敗したのだと思う。あの時に千反田えるが居たら、おそらく
失敗することなく本郷の真実にたどりつけていたんだろうなーと。
そうなると映画はどうなったんだろうと。
さらに言えば、福ちゃんや摩耶花までいなくなって一人になった事が問題。
本郷の真実の脚本は、現場の暴走によって矛盾の有る作品になっていたから結果。
折木供恵と入須冬美の二人にいいように使われて結果映画は矛盾のない物に軌道修正。

折木供恵の存在に気がついていれば、入須冬美のしたことも多少柔らかくなる。

そういえばホータローが入須を糾弾しに行った際に映画はまだ見てないと答えるけれど
原作では本当に見ていなかったりする。
アニメでは合同試写会?クラスの試写会にホータローが出向くけれど
原作では、古典部の部室で執り行われ、ホータローはエンドロールの最中に部室に到着なので
嘘はついていない。
アニメ版は途中入室だから見てるとも見てないとも取れないけど。

余談だけど
エンドロール最後のエピローグで。千反田えるとホータローのチャットで。
ほうたる「怪我のことは簡単だ。あの部屋はガラスが産卵していた」
L「ふしぎなガラスですね」
の遣り取りは面白かった。個人的に。
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Theme: 読書感想 | Genre: 本・雑誌
Category: 米澤穂信

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